BÀI THI ĐỌC THÁNG 12/2011

BÀI THI ĐỌC THÁNG 12/2011  小説家で自作解説をする人がたまにいる。ぼくは『ちょっとな.......』と思う。なぜそんなに思うのかと言うと、一つは『ぼくの自由に読ませてよ』と言いたいからだ。もう一つは自作解説ができるほど言いたいことがはっきりしているなら、なにも小説などという回りくどい(注1) 表現形式をとる必要はなかったではないかと思うからだ、はじめから評論を書けばよかったのだ。 小説は言葉を使ってこの世界に似せたイメージを作る表現形式である、世界はそれ自身では主張を持たないから、ぼくたちは小説を『自由』に解釈でくる。それが小説を読む楽しみだ。ところが、評論はそうではない。古典的名著ともなれば評論でもさまざまな解釈が競われるこどがあえうが、ふつうは評論の主張ははっきりしている。『自由』に解釈すれば『誤読』となることが多い。 では、ぼくたちはなぜ評論を読むのかと言えば、それは自分の知らないことやわからないことを、知りたいしわかりたいからだ。それが知的な虚栄心(注2) というもので、これがなくなったら精神的な『老人』である。精神的な『若者』は、友人が本を読んだと聞けば、たとえ自分が読んでない本であっても『読んだよ』と答えるものだ。そして、あわてふためいて(注3) 本屋さんが図書館に行って、わかってもわからなくても一晩でそれを読んで、翌日には涼しい顔をして『そう言えば、あれはたいした本じゃないね』なんて言ってみるものだ、そんなふうにして、ぼくたちは教養を身につける。  ぼくは『教養』という言葉を二つの意味でとらえている。一つは知識の量で、これは多ければ多いほどいい。しかし、これは少し古風な教養のとらえ方である、現代ではあまりに多くの情報があふれているからとても追いつけない。その上に過去のことまで知っていなければならないとしたら大変だ。もちろんそのための努力は大切だが、限りがある。そこで二つめの教養の意味が必要だと考えている。それは、物事を考えるための座標軸(注4) をできるだけたくさん持つことだ。『たくさん』とは言っても、ぼくたちの思考方法にはその時代ごとに流行があるから、これは無限というわけではない。ぼくは、その時代に必要な思考方法を身につけることを第二の教養、そして現代の教養と呼んでおきたい。この現代の教養を身につけるために評論を読むのである。 (石原千秋『未来形の読書術』による) (注1) 回りくどい:直接的でなくわかりにくい (注2) 虚栄心:実際以上によく見せたいと思う心 (注3) あわてふためいて:とてもあわてて (注4) 座標軸:ここでは、基準 71. 筆者によると、小説は読者にとってどのようなものか。   1) イメージの世界の作家の解説どおり読むもの     2) 作家の作り出した世界から主張を読み取るもの     3) 作家が描いた世界を表現どおり解釈するもの     4) 作家が表現した世界を好きなように解釈するもの   72. 精神的な『若者』とはどういう人か。   1) 教養があるのにないふりをする人     […]

CHỈ CẦN TINH Ý MỘT CHÚT THÔI ^^

Trước tiên là đề bài. Chúng mình làm trước rồi hãy đọc phần phân tích nhé: _________________________ 旅先で、すばらしい風景や名所旧跡(注1) に出合ったとき、わたしも人なみには感激する。しかし、①その感動はながつづきしない。すぐに退屈してしまう。 私の勤務先は巨大な公園のなかにある。歩いて出勤することもおおい。『すばらしい環境のなかを通っての出勤で、うらやましいですな』といわれる。ところが、わたしによって、歩きなれた道は退屈である。緑の自然を楽しむより、街なかの雑踏(注2) を歩くほうがおもしろい。 自然の風景や名所旧跡は静的である。いつ出かけても、おなじ景色にめぐりあえる。背景の自然は季節ごとに変わっても、滝とか、お寺など、風景の主人公はあまり変化しない。そこで、絵はがきがつくられる。 そこへ行ったことのない人へ、自分の感動を伝える手段として、風景や美術品の絵のはがきは発生した。しかし、投函する(注3) ためではなく、②個人的コレクションとして、絵はがきを集める人が、案内おおいのである。ときどき、ながめたり、人に見せたりして、旅の追体験をし、イメージを固定化するのだ。 絵はがき型の人間にたいして、市場型とでもいうべき人びとがいる。私は市場型人間の典型だ。見知らぬ土地へ出かけたら、観光名所は省略しても、市場へは足をはこぶ。 食文化の研究をしているので、市場は情報源として大切な場所である。市場はその土地の『生きた食物図鑑』である。そんな職業意識をはなれても、市場はおもしろい。売り手と買い手の駆け引き(注4) など、人びとのふるまい(注5) を見ていたら、退屈することはない。市場は『生活のショーウインドー』なのである。 (石毛直道『食べるお仕事』にとる) (注1) 旧跡:歴史上の出来事があった場所や、歴史上の物が残っている所 (注2) 雑踏:人がたくさんいて込み合っている所 (注3) 投函する:ポストに入れる (注4) 駆け引き:自分に有利になるように相手とやり取りすること (注5) ふるまい:行動 66. ①その感動はながつづきしないとあるが、それはなぜか。 1) […]

CON NGƯỜI VỐN DĨ LÀ LOÀI SINH VẬT HAY QUÊN_ ĐỌC HIỂU N2

  Ngày hôm trước, mình đã review cuốn sách đang đọc theo góc nhìn của bản thân mang tên: 学ぶ技術:学んだ数だけ成功への道は開く  (Tạm dịch: Kỹ thuật học tập: Mở ra con đường dẫn tới thành công chỉ bằng số lượng đã học )  trong […]

PHÂN TÍCH CÂU TRONG TIẾNG NHẬT (1)

Hôm trước, như đã chia sẻ, có bạn inb mình và hỏi làm thế nào để có thể dịch được tốt và phân tích câu đúng. Thế là trong chuỗi seri chia sẻ về CHINH PHỤC ĐỌC HIỂU N2_BÀI 3 mình đã […]

CHINH PHỤC ĐỌC HIỂU N2_ DẠNG BÀI TỶ DỤ, SO SÁNH/ 比喩

Cũng giống như tiếng Việt, cách nói tỷ dụ so sánh A VÀ B là chuyện thường ở phố thị ^^ Hôm nay mình lại cùng thử đọc một bài như thế nhé.   Các nhận biết dạng bài này đó là […]