• LUYỆN ĐỌC N2

    BÀI NGẮN N2_ 絵画とは

    BÀI ĐỌC :   ぼくはいつも思うのだが、視覚にとらえたものをただ単に描いても、決して絵画にはならない。視覚のかなた(注1)にかくされているものをとらえて、それを画面に定着させたとき、はじめて絵画が誕生する。絵画とは目の前の自然を心のなかに消化し、それをもう一度吐きだす作業によって生まれるのだ。そうすることによってはじめて普遍的な(注2)美の世界が出現するのだと思う。だから芸術というものは、理屈(注3)では解決できないものなのだ。理屈を超えたところに本当の美がある。 (石本正『絵をかくよろこび』による) (注1)かなた:向こう (注2)普遍的な:広くすべてのものに共通して見られる (注3)理屈:論理的な説明 筆者が考える絵画とはどのようなものか。  目の前にあるものをできるだけ現実に近づけて描き表したもの  目の前に存在しないものを想像しながら描き表したもの  目で見たものを心のなかに感じ取って描き表したもの  目で見たものを想像力で補い美しく描き表したもの PHÂN TÍCH BÀI ĐỌC    ぼくはいつも思うのだが、視覚にとらえたものをただ単に描いても、決して絵画にはならない。視覚のかなた(注1)にかくされているものをとらえて、それを画面に定着させたとき、はじめて絵画が誕生する。絵画とは目の前の自然を心のなかに消化し、それをもう一度吐きだす作業によって生まれるのだ。そうすることによってはじめて普遍的な(注2)美の世界が出現するのだと思う。だから芸術というものは、理屈(注3)では解決できないものなのだ。理屈を超えたところに本当の美がある。 Mặc dù đây chỉ là điều mà tôi luôn nghĩ. Thế nhưng, nếu chỉ đơn thuần vẽ ra những thứ…

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    BÀI NGẮN N2 _人間の心理

    BÀI ĐỌC:   人間の心理にはハロー(後光)効果といって、最初に受けた印象を強めていく傾向があります。例えばお会いした時に清潔な印象をうけると、その人の部屋が本当は汚かったとしても「部屋はいつもきれいに片づいているに違いない。人間関係もきっとさわやかでしょう」などと、こちらが勝手にその人のよいイメージを重ねていきます。 反対にだらしない印象を受けると、部屋の中をピカピカにしていても「家の中も汚いだろう」と悪い印象を重ねてしまうようです。 (岩下宣子「実践 マナー塾」2009年4月18日付日本経済新聞による) Câu hỏi : 筆者はハロー効果をどのように説明しているか。 Tác giả đang mô tả thế nào về hiệu ứng hào quang 新しいイメージを次々に重ねてことで、最初の印象は次第に変化していく。 初対面のときに受けた印象は、その後に持つイメージに影えい響きょうを与えていく。 だれとでもよい関係を築いておけば、初対面の人にもよいイメージを与えられる。 最初に悪い印象を与えてしまっても、その後の付き合いでイメージは変えられる。 PHÂN TÍCH BÀI ĐỌC: 人間の心理にはハロー(後光)効果といって、最初に受けた印象を強めていく傾向があります。例えばお会いした時に清潔な印象をうけると、その人の部屋が本当は汚かったとしても「部屋はいつもきれいに片づいているに違いない。人間関係もきっとさわやかでしょう」などと、こちらが勝手にその人のよいイメージを重ねていきます。 Tâm lý con người có khuynh hướng ấn…

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    BÀI NGẮN KHÔNG KHÓ LẮM^^

    BÀI ĐỌC: 私たちは、食べるためばかりでなく、便利で快適な生活を送るため、知らず知らずのうちに多くの生き物の命を奪っています。しかしこのことは、日常生活のなかで実感としてもつことはすくないでしょう。人が生き物の命の尊さをわかるには、逆説的になる(注1)かもしれませんが、生き物の命をあやめている(注2)という「実感」をもたなければならないでしょう。そうした過程を経なければ、いのちの尊さなどということはわからないのではないでしょうか。 (松浦秀俊『川に親しむ』による) (注1)逆説的になる:矛盾しているように見える (注2)あやめる:殺す そうした過程とはどのようなことか。  生き物とともに、便利で快適な生活を送る経験をすること  実際に生き物を殺しているということを心から強く感じること  食べるためには、多くの生き物を殺すことは当然だと考えること  多くの生き物の命を奪っていることに気づかないまま生活すること PHÂN TÍCH BÀI ĐỌC: 私たちは、食べるためばかりでなく、便利で快適な生活を送るため、知らず知らずのうちに多くの生き物の命を奪っています。しかしこのことは、日常生活のなかで実感としてもつことはすくないでしょう。人が生き物の命の尊さをわかるには、逆説的になる(注1)かもしれませんが、生き物の命をあやめている(注2)という「実感」をもたなければならないでしょう。そうした過程を経なければ、いのちの尊さなどということはわからないのではないでしょうか。 Chúng ta đang vô tình (知らず知らず) cướp đi rất nhiều sinh mạng sống  không chỉ để ăn, mà còn để sống một cách thoải…