BÀI ĐỌC NGẮN_ TIỆN THỂ HỌC CẤU TRÚC NGỮ PHÁP

BÀI ĐỌC:  しばしば作文にはお手本のようなものが示されることがありますが、わたしは、これはナンセンス(注)だと思います。 文書の形式的なことならばともかく、内容にまで触れて、このように「書くべき」とか、このように書けば評価されるというマニュアルは大敵です。なぜなら、マニュアルには、あなたにしか書けないことをすべて否定してしまうことにつながる可能性があるからです。自分に見えるもの、少しでも人とは違って見えるもの、それにこだわりましょう。 (注)ナンセンス:意味がないこと   Câu hỏi: お手本のようなものによって、作文はどのようになる可能性があるか。  1. 誰からも高い評価を得られやすくなる  2.文書の形式にこだわりすぎたものになる。 3.自分の視点や主張が分かりやすくなる。 4.自分にしか書けないことが書けなくなる   PHÂN TÍCH BÀI ĐỌC: しばしば作文にはお手本のようなものが示されることがありますが、わたしは、これはナンセンス(注)だと思います。 文書の形式的なことならばともかく、内容にまで触れて、このように「書くべき」とか、このように書けば評価されるというマニュアルは大敵です。なぜなら、マニュアルには、あなたにしか書けないことをすべて否定してしまうことにつながる可能性があるからです。自分に見えるもの、少しでも人とは違って見えるもの、それにこだわりましょう。 Thỉnh thoảng (しばしば)trong tác phẩm có những chỗ bị chỉ ra là giống như văn mẫu. Tôi nghĩ là điều ấy […]

ĐỌC HIỂU CHỦ Ý_ DẠNG KỂ CHUYỆN

Bài này có khá nhiều từ mới N2, hay dùng và cách hành văn như kiểu một câu chuyện. Chúng mình nhớ luôn các chữ hán và cách sử dụng thông thuộc nhé    BÀI ĐỌC:  以下は、自分の仕事として、さまざまな地域の課題に住民とともに取り組んでいる人が書いた文章である。 よく考えてみれば幼稚園のころから僕はずっとヨソモノ(注1)だったような気がする。親が転勤族だったため、おおむね4年に一度は転校生になる。クラスに馴染んできた(注2)なぁ、と思ったところに引越しすることになる。幼稚園も小学校も中学校もふたつずつ通った。そのたびに転校生としてクラスをヨソモノの視点から観察する。誰がクラスのボス(注3)なのか。誰と仲良くなると仲間に入れてもらいやすいのか。誰と誰は仲が良くて、誰とは仲が悪いのか。そういうことばかり読み取ろうとしていた。自分でも嫌な小学生だと思っていたが、そうやって自分の立ち位置を見つけなければクラスの中に入ってのが難しかった。 いかも①同じことをしているような気がする。集落(注4)へ行っては、誰が権力者(注5)なのか、誰が正しいことをしいっているのか、誰の意見が重視されているのか。誰と誰は仲がいいのか。そんなことを読み取ろうとしている。そして、4年くらい経ってらその集落からいなくなる。いまでも転校生のような生活である。 そんな少年時代だったから、「出身地はどこですか?」と聞かれるのがつらい。どこも4年間しか住んでいないので、出身地は適当に決めるしかない。出生地(注6)は明確だが、僕の場合は生後2年間しかその場所に住んでいない。もちろん当時の記憶はない。 だから「ふるさと」を持つ人に対する憧れがある。「いつかは地元に戻って働きたいと思っているんだ」「出身地を元気にしたいと思っています」という言葉を聞くたびに②羨ましくなる。逆に、ふるさとを悪くいう言葉を聞くのはつらい。「田舎だから」「何もないから」「足を引っ張り合う(注7)」「新しいことができない」。せっかくふるさとを持っているのに、それを悪いいうのはもったいない。ふるさとはいい場所であってほしい。だから、その手伝いがしたいと思う。どこまで行ってもヨソモノだが、その立場から少しでもふるさとがいい状態になるように努力したい。どの場所も、たくさんの人にとってのふるさとであり続けるのだから。 (山崎亮『コミュニティデザインの時代』による) […]

ĐỌC BÁO NHẬT : どうすれば幸せになれる──? LÀM GÌ ĐỂ TRỞ NÊN HẠNH PHÚC

今すぐ幸福になる方法を知るための20の行動 20 HÀNH ĐỘNG ĐỂ BIẾT PHƯƠNG PHÁP TRỞ NÊN HẠNH PHÚC NGAY LẬP TỨC    Cái bài này dài lắm. Tận 20 cách giúp bạn cảm thấy hạnh phúc hơn.  Chúng mình thử đọc xem mình đã làm được bao nhiêu […]

ĐỌC BÁO NHẬT: 大言壮語は要らない時代/ THỜI ĐẠI KHÔNG CẦN NHỮNG LỜI ĐAO TO BÚA LỚN

Đọc xong đoạn báo này, mà muốn đạt tới cảnh giới: Không cần phải làm gì, mà sẽ tự khắc có người tìm đến bạn quá đi ^^   自己アピールということを勘違いしている人は多い。 Có nhiều người đang lầm tưởng (勘違いしている)  về PR bản thân   自分はこんなに凄い、こんなことができると宣伝するよりも、ただ、静かに、やるべきことをやり、つくるべきものをつくればいい。 […]

ĐỌC, SO SÁNH, ĐỐI CHIẾU ĐỂ TÌM ĐÁP ÁN

BÀI ĐỌC:  以前、花見をしている時に「桜の花は本当にきれいな正五角形(注1)だね」と言ったら、風情のない人だと笑われたことがあった。確かに、桜の花びらには微妙な色合いや形、そして香りに加えて、散りゆく美しさがある。花を愛でる和歌や俳句は数限りないが、そのなかに「正五角形」という言葉が使われたことはおそらく一度もないであろう。科学者特有の美意識は、風流とはかなり異質なものなのだと悟った。 科学において本質以外を切り捨てるためには、大胆な抽象化と理想化が必要である。桜の花びらのたくさんの特徴の中から、「正五角形」という形だけを取り出すこと。これが抽象化である。実際に数学的な意味で完全な正五角形を示す花びらは少ないだろうが、そこにはあまりこだわらない。これが理想化である。 自然界で正五角形のような対称性を示すためには、必ず規則的な法則があるはずである。花の場合、品種によって花弁(注2)の回転対称性が遺伝子で決定されていることは間違いないから、うまくこの遺伝子を突きとめられれば、花の形を決める普遍的な法則が見つかるに違いない。このように、抽象化と理想化によって自然現象は単純に整理でき、普遍的な法則を見つける助けになる。 (酒井邦嘉『科学者という仕事』による) (注1)正五角形:五つの辺の長さが等しい五角形 (注2)花弁:花びら 筆者は、自分が笑われた原因はどこにあると考えているか。  自分が桜の美しさを理解できていなかった点  科学者らしくない趣のある表現で桜の花を褒めた点  桜の美しさを科学者的な視点から表現した点  桜の花は自分が述べた形をしていなかった点 ここでの理想化とは何か。  桜の花には共通する特徴があるとみなすこと  桜の花はどれも正五角形であるとみなすこと  桜の花は他のどの花よりも正五角形に近いと考えること  桜の花には数学的な美しさがあると考えること 筆者の考えによると、花の場合、抽象化と理想化によって何が期待されるか。  花には品種を越えた共通点があることが明らかになること  花の形がどのように決まるのかその仕組みが解明されること  自然界に咲いている花の美しさに普遍性が見いだされること  花の形の対称性が遺伝子によるものであることが証明されること     PHÂN TÍCH BÀI ĐỌC:     以前、花見をしている時に「桜の花は本当にきれいな正五角形(注1)だね」と言ったら、風情のない人だと笑われたことがあった。確かに、桜の花びらには微妙な色合いや形、そして香りに加えて、散りゆく美しさがある。花を愛でる和歌や俳句は数限りないが、そのなかに「正五角形」という言葉が使われたことはおそらく一度もないであろう。科学者特有の美意識は、風流とはかなり異質なものなのだと悟った。 Ngày trước, khi ngắm hoa anh đào, tôi mà nói […]